作家の曽野綾子さんは近著『沈船検死』の中で、「人の品位は忍耐によって身につき、覚悟とも密接だ。失う覚悟、屈辱や誤解、罵倒される覚悟、最終的には死ぬ覚悟だ。失う覚悟のない幸福続きの人間だけが、何かを失うと動転するのだ」と書いている。
人は死に臨んで覚悟ができるのだろうか。死後の事を考えられるのだろうか。
元船乗りの植松正人さんは生前、胃がんと闘いながらこう話した。
「未練や思い残す事が無いと言えば嘘になります。しかし、それも運命だと思っています。悲しくないといえばこれも嘘になりますが、私以上に残されるものが悲しいでしょう。それも仕方がありません」
植松さんはさらに続けた。
「360度星しか見えない風景は不思議ですよ。でも、北極星を目指すとちゃんと希望する所に行けるのです。人生もそんなもんだと思います。死んだら灰の一部を生まれ故郷の山と太平洋に撒いてもらえれば十分です。太平洋に撒いた灰は世界中の海をめぐってくれるでしょう」
私はまだまだ、覚悟ができていない品性の未熟な人間だとつくづく思った。人生の折り返しの時期に、曽野さんの文章と植松さんの品性に出会え、人生の道しるべを教えてもらった。
植松さんはその生き方から「いつ止むかわからない暴風雨の向こうに、いつも北極星が輝いており、信じて進めば、必ず目的地に辿り着ける」ことを語ってくれた。
秋の昼下がり、お墓参りに行きたくなった。
―ほろ酔い気分で―
秋が
少しずつ
ほんの少しずつ
深まりいく
昼下がり
亡き人の想い出を
青空いっぱい
描きたいものだ
ほろ酔い気分で
平成18年9月30日 南日本新聞「南点」掲載